2016年7月2日土曜日

もしハプスブルク家がドイツ統一を果たしていたらPart1

 

もしハプスブルク家がドイツ統一を果たしていたら、という仮定の下に列強の勢力圏を描いたのが上の図である。ドイツ民族の領域に加えて東欧全域を統合したヨーロッパ最大の国家、ドイツ帝国が生まれている。史実ではトーゴ、カメルーン、ナミビア、タンザニア、ニューギニアを植民地としていたが、ネーデルラントがドイツ帝国の領邦となったことによりインドネシアとスリナムもドイツ帝国の植民地となる。20世紀初頭に進出を図ったトルコと多数のドイツ系ユダヤ人が移住したパレスチナもドイツ帝国の植民地である。カラーで示した七か国が列強とされ、ドイツ帝国はロシア帝国、イタリア王国と同盟を結んで、アメリカ合衆国の陣営に対抗している。さらに灰色で示した中国、ペルシャ、スウェーデン、スペイン、ベネズエラ、ニカラグア、エクアドル、ボリビア、アルゼンチンはドイツ帝国の陣営である。

16世紀にハプスブルク家は広大な領土を統治するためスペイン王家とオーストリア大公家に分かれるが、もしスペイン育ちのフェルディナント1世がスペイン王家を継承し、カール5世がドイツに留まっていれば歴史は大きく変わっただろう。カール5世はネーデルラントの先進的な気風の中で育ったため、元来プロテスタントには寛容な人物であった。カール5世がオーストリア大公家を継承していれば、ネーデルラントがドイツから分離することはなかったはずである。ザクセン公、バイエルン公といった有力諸侯と正面から対決することは避け、オスマン帝国やポーランド共和国といった外国を標的に国内をまとめ上げる。ハプスブルク家は獲得したハンガリーやポーランドへのドイツ人の入植を進め、東欧のドイツ化によってハプスブルク家の勢力を拡大していく。18世紀末には東欧におけるドイツ民族の人口は本国に匹敵するまでに成長し、ハプスブルク家は名実ともにドイツ民族の王となる。ナポレオン戦争の過程でドイツの有力諸侯を滅ぼしたハプスブルク家は19世紀初頭にドイツ統一を果たし、史実より強大なドイツ帝国は19世紀末までにバルカン半島のほぼ全域をオスマン帝国から獲得している。

もしドイツ帝国が大英帝国と同盟を結んでいたらにおいて述べたように、ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世の誤った外交戦略がなければ、ドイツ帝国は露仏同盟に対抗して大英帝国と同盟を結んでいたはずである。19世紀の大英帝国はアフリカにおいてフランス帝国と、アジアにおいてロシア帝国と植民地獲得競争を繰り広げ、ドイツ帝国は最も摩擦の少ない列強であった。ドイツ帝国にとっても東欧の領有を争うロシア帝国こそ最大の宿敵であり、ドイツ帝国と大英帝国は互いに同盟の締結を選択する。ドイツ帝国にバルカン半島を奪われたオスマン帝国、ドイツ帝国と南チロルの領有問題を抱えるイタリア王国は露仏同盟の陣営に付いた。20世紀初頭の日露戦争はヨーロッパに飛び火して、フランス帝国によるドイツ帝国への電撃侵攻によって第一次世界大戦は開始する。開戦当初は四方面作戦を強いられたドイツ帝国が圧倒的に不利な立場にあったが、アラブ民族の反乱によってオスマン帝国が戦線を離脱し、大戦後期にはロシア革命の勃発によってロシア帝国も戦線からの離脱を余儀なくされる。国力で劣るフランス帝国は戦争の長期化によって降伏に追い込まれ、ドイツ帝国は逆転的な勝利を収める。

第一次世界大戦の結果、ヨーロッパは大英帝国とドイツ帝国の二強体制に移行する。大英帝国はフランス帝国と領有を争っていたエジプト王国を保護国とすることに成功し、ロシア帝国の影響下に置かれていた中華民国とペルシャ王国を勢力圏に加え、史上類を見ない巨大な植民地帝国を完成させる。一方、ドイツ帝国の版図もイスタンブール西岸にまで達し、ロシア帝国の敗北によって東欧のスラブ民族主義は終焉を迎える。ドイツ帝国が得るものはそれだけではない。ドイツ帝国の崩壊がなければロシア革命もまた失敗に終わっていたはずであり、革命鎮圧のためにロシア帝国は一転してドイツ帝国と同盟を結ぶことになる。革命政府はドイツ帝国の参戦によって崩壊し、以降のロシア帝国はドイツ帝国の支援を受けて急速な近代化を遂げる。後方の憂いを解消したドイツ帝国は大英帝国との覇権競争に乗り出していく。

ドイツ帝国は既にアフリカにおいて英仏の隙間を縫うように、トーゴ、カメルーン、ナミビア、タンザニアに植民地を築いているが、第一次世界大戦後はトルコ共和国を保護国に加えて中東に進出する。オスマン帝国旧領の内、アラブ民族の居住地域は大英帝国の勢力圏となっていたが、唯一パレスチナのみはドイツ系ユダヤ人の移住先としてドイツ帝国の植民地となる。やがてユダヤ人とアラブ人の対立はドイツ帝国と大英帝国の間に摩擦を生み出していく。さらにドイツ帝国は北アフリカへの進出を目論むイタリア王国、スペイン王国と連携して、既得権益の維持を目指す大英帝国を追い込んでいく。大英帝国は宿敵であったフランス共和国と一転して同盟関係に至り、中東と北アフリカをめぐる対立はヨーロッパを二大陣営に分裂させる。

極東においては日露戦争に勝利した大日本帝国が満州を獲得し、中国大陸への進出を強めていく。中華民国は袁世凱を中心とする北京政府と孫文を中心とする南京政府に分裂しており、大英帝国と大日本帝国は北京政府、ドイツ帝国とロシア帝国は南京政府を支援して、中華民国の内戦は列強の代理戦争の様相を呈する。孫文の後継者となった蒋介石はドイツ帝国の支援の下で近代化を進め、ロシア帝国の軍事支援を受けて北伐を開始する。中華民国は南京政府の下で統一され、大英帝国は世界大戦で手に入れた中国大陸の覇権を失ってしまう。さらにペルシャにおけるレザー・パフレヴィーのクーデター、英領インドにおける独立運動の激化によって、大英帝国が築いた植民地帝国は崩壊に向かっていく。

世界恐慌を契機に自由貿易体制が崩壊すると、列強の抗争は激しさを増すようになる。ドイツ帝国のペルシャ内戦への介入、イタリア王国のエチオピア侵攻、スペイン王国のモロッコ侵攻、大日本帝国の満州侵攻といったような局地的な紛争が頻繁に発生し、大英帝国が広大な植民地帝国を維持できずに没落する一方で、国際社会はドイツ帝国とアメリカ合衆国を中心とした二つの陣営に分かれていく。しかし、第一次世界大戦の経験から列強は破局的な戦争の勃発を恐れ、第二次世界大戦の発生は回避される。この背景にはドイツ帝国がアメリカ合衆国に先んじて核兵器の開発に成功したこともある。ドイツ帝国とアメリカ合衆国は対立を続ける一方で、両国が中心となって大戦の発生を防止するための機関として国際連盟が設立される。以下にアンガス・マディソン教授の統計を用いて、1937年時点における主要国のGDPを示す。黒字がドイツ帝国の陣営、赤字がアメリカ合衆国の陣営であることを示している。

1.アメリカ合衆国 8325億ドル
2.ドイツ帝国 6439億ドル
3.ロシア帝国 4105億ドル
4.大英帝国 3027億ドル
5.中華民国 2960億ドル
6.英領インド 2508億ドル
7.大日本帝国 1956億ドル
8.フランス共和国 1881億ドル
9.イタリア王国 1430億ドル
10.独領インドネシア 785億ドル
11.アルゼンチン共和国 557億ドル
12.英領カナダ 507億ドル
13.ブラジル共和国 484億ドル
14.スペイン王国 453億ドル
15.英領オーストラリア 393億ドル
16.メキシコ合衆国 348億ドル
17.スウェーデン王国 326億ドル
18.トルコ共和国 270億ドル

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