2015年12月28日月曜日

大正昭和の電力戦から予測する今後の電力業界

2016年4月から電力の小売全面自由化が始まり、2020年には送配電部門の法的分離が行われる。1951年に始まった発電、送配電、小売の垂直一貫体制による電力会社の地域独占は終わりを迎える。工場、オフィス、商業施設といった高圧需要については既に自由化が始まっているが、これまで本格的な競争は進んでこなかった。新電力の参入は見られるものの、電力会社同士の競争が進まなかったためである。しかし、原子力発電所が稼働停止に追い込まれたことで電力会社の経営状況は悪化している。人口減少による日本経済の縮小も確実である。今後は電力会社も生き残りを賭けて自由競争を戦う必要に迫られる。

ヨーロッパに遅れること20年、日本でも電力業界が自由競争の時代に突入することについて革新的と捉えるような風潮がある。しかし、日本の電力業界は過去に自由競争を経験したことがある。1939年に日本発送電が設立されて電力が国家に管理されるまで、戦前の日本では電力会社が市場をめぐる争奪戦を繰り広げていた。特に1920年代からは電力会社が集約されて、東京電燈、東邦電力、大同電力、日本電力、宇治川電気の五大電力会社による壮絶な電力戦が行われた。100年前に起きた電力戦は今後の電力業界を予想する上で大いに参考になると思われる。

日本最初の電力会社である東京電燈が設立されたのは1883年のことであった。戦前の日本は水主火従の電源構成であったことが知られるが、明治時代は火力発電が中心であった。日本の工業化と都市化が進むにつれて電力需要は増加し、これに応える形で各地で次々と電力会社が勃興した。電力需要の中心である鉄道事業を兼業する電力会社が多く、東京電燈も江ノ島電鉄などの経営を行っていたことがある。大正時代に入ると水力発電所の開発が始まり、大規模電源を獲得したことで電力会社は価格競争による需要獲得を目指すようになる。この過程で資本力の弱い電力会社は破綻あるいは買収されて、先に述べた五大電力会社に集約されるようになった。

五大電力の内、大同電力と日本電力は卸売に特化した電力会社であった。1914年に第一次世界大戦が始まると戦争特需によって日本は好景気に見舞われ、景気の上昇に伴って電力需要も増加したため電力不足が懸念されるようになった。これに対応すべく、山岳地帯での水力電源開発と首都圏、中京圏、関西圏の三大市場に向けた長距離高圧送電線を整備する動きが出る。大同電力は木曽川流域で、日本電力は北陸地方で水力発電所の開発を進め、1920年代には大規模電源が次々と生まれることになった。大同電力と日本電力は自前の供給先をほとんど持たなかったため、各地の電力会社に電力を供給することで経営を成り立たせていた。

しかし、第一次世界大戦の終戦によって1920年代から日本は不況の時代に突入する。1923年には関東大震災が発生し、銀行の破綻も相次いだ。1929年にアメリカ合衆国を震源として世界恐慌が発生すると、1930年には戦前で最も深刻な不況と言われる昭和恐慌が到来する。不景気になったことで電力需要の伸びは鈍化した一方、次々と水力発電所が開発されたために電力市場は供給過剰の状態に陥った。新興の電力会社である大同電力と日本電力は低コストな電源を武器に、既存の電力会社に対して価格競争を挑むことになる。首都圏の東京電燈、中京圏の東邦電力、関西圏の宇治川電気は守勢に立たされることになり、東邦電力は日本電力から、宇治川電気は大同電力から電気の供給を受けることを強いられる。

東邦電力は一時は劣勢に追い込まれたものの、副社長である松永安左エ門の科学的経営と称されるコスト削減によって価格競争力を取り戻す。東邦電力は群馬電力と早川電力を買収して両社を東京電力(現在の東京電力とは異なる)に再編し、首都圏の電力市場をめぐって東京電燈に価格競争を挑むことになる。東邦電力と東京電燈の競争は激しく、採算度外視の価格競争は両社の経営状況を悪化させることになった。最終的に電力事業を所管する逓信省と金融機関の仲裁によって、東京電燈は東京電力と合併することとなった。電力戦は小規模な電力会社を淘汰し、巨大な五大電力を生み出すに至った。しかし、その五大電力でさえも長引く価格競争によって経営状況を悪化させ、最終的に国家統制を受けるようになったというのが電力戦の顛末である。

電力戦は水力発電所の開発と不況による電力の供給過剰が主要な原因であった。現在の状況を見ると、原子力発電所の停止によって電力需給が逼迫し、首都圏を中心に大規模な火力発電所の開発計画が相次いでいる。また、再生可能エネルギーの固定価格買取制度によって太陽光の発電量が急増している。九州電力の川内原子力発電所を皮切りに、今後は停止していた原子力発電所が次々と再稼働に向かう見込みである。火力発電所の新増設、太陽光発電の普及、原子力発電所の戦線復帰、これらによって日本の電力市場は100年前と同じような状況に陥る可能性がある。石炭火力の規制、太陽光発電の買取価格下落など、将来の供給過剰を抑制する動きは出ているが、一歩間違えれば戦前の二の舞になりかねない。電力市場が供給過剰になることは消費者からすると良いことのように思われるが、電力会社の経営が安定しなければ発電所や送電線への投資が減少して、将来的に電力の安定供給が保たれなくなる可能性がある。

電力戦では資本力の強い電力会社が他の電力会社を呑み込む形で供給地域を広げて肥大化していった。電力会社で最も規模の大きな東京電力は福島第一原子力発電所の廃炉と賠償でM&Aに資金を回している余裕はない。また、二番手の関西電力も原子力発電への依存度が高く、他の電力会社が黒字化を果たす中で未だに赤字経営を脱却できていない。こうなると原子力発電への依存度が低く、財務状況が比較的良好な中部電力が台風の目となりそうである。電力戦においても中京圏を拠点とする大同電力と東邦電力は首都圏にも関西圏にも進出できる地の利を活かして、電力戦を仕掛ける立場であった。

北陸電力と中部電力 合併の可能性において予測したように、石炭火力の規制と志賀原子力発電所の活断層問題に苦しむ北陸電力は中部電力の傘下に加わる可能性が高い。北陸電力の水力発電所と石炭火力所は中部電力に安価な余剰電源を与え、同社が首都圏と関西圏に進出する上で大きな武器となる。中部電力と東京電力は燃料調達と火力発電所の新設において事業を統合したが、電力戦は協調と対立の歴史であった。発電部門で協力するからと言って、小売部門で対立しないとは限らない。さらに中部電力は天然ガスの調達やパイプラインの運営で大阪ガスと協力関係にあり、関西圏の電力市場を狙って両社が合併する可能性も大いに有り得ると考える。中部電力の発電所と大阪ガスの顧客網が組み合わされば、原子力発電所の停止によって電気料金が跳ね上がっている関西電力からシェアを奪うことは造作もないだろう。

中部電力と大阪ガスの関係は東北電力と東京ガスにおいても言える。東北電力と東京ガスは北関東の高圧需要家向けに電力を供給するシナジアパワーという新電力を設立したが、これは将来両社が共同で首都圏の電力市場に参入する布石ではないかと思われる。電力戦においては需要家の確保が何よりも重要で勝負の決め手となった。電力会社と同じく地域独占で需要家を持つガス会社は、電力会社が供給先を確保するために是非とも提携したい存在である。隣接する地域の電力会社とガス会社は必然的にペアを組むことになり、電力戦のときのように資本力を増やすため合併に至る可能性も高い。自由競争が始まって10年も経つ頃には、ガス会社を巻き込んで電力会社も複数のグループに集約されているのではないだろうか。

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