2015年10月27日火曜日

「東京大学 人文地理」で検索したら

「東京大学 人文地理」で検索したら、4年前に書いた進振りの記事が上位に出てきて驚いた。UT-Lifeの文三→養・広域科学科人文地理分科の記事。東大入学時に希望していた進学先…教養学部総合社会科学科国際関係論分科、教養学部地域文化研究学科、教養学部広域科学科人文地理分科、法学部政治コース、文学部歴史文化学科西洋史学専修って、今と全く興味が変わっていないのが面白い。結局、国際政治、ヨーロッパ、地理、近現代史なんかが好きなのは今後も変わらないのだろう。アニメ趣味も含めて、麻布で人生のいろいろなものが決まってしまったようである。

麻布高校といえば、南北線麻布十番駅から麻布高校に向かう通学路には長い坂があり、その坂は仙台坂という名前であった。江戸時代に仙台藩の下屋敷があったことが由縁だそうであるが、就職して仙台に住むようになるとは奇妙な縁である。江戸時代の参勤交代と違って、この先はずっと仙台住まいかもしれないが。仙台との縁は他にもあって、母方が伊達政宗の参謀片倉景綱で有名な片倉姓であり、父方の祖父の実家が神奈川県小田原市であるが、小田原という地名が何故か仙台市にも存在する。ちなみに小田原征伐における伊達政宗の遅参とは関係が無いらしい。20年以上住んできた川口市が東北自動車道の起点であるのも面白い。

麻布高校に話を戻すと、就職活動で鉄道会社に興味を持ったのも、地歴部の活動でJRを使い尽くして旅行したことと関係があるかもしれない。麻布学園地歴部ホームページには今も過去の旅行先が記載されているが、熊本、鹿児島、福岡、大分、下関、長崎など地歴部で行ったときのイメージが今に至るまで西日本のイメージとして残っている。住んだこともないのに、西日本というと何故か懐かしい気持ちになるのはそのせいか。

また、不動産ディベロッパーに興味を持つようになったのも、高校のすぐ近くに六本木ヒルズがあって、再開発というものに親しみを感じていたためかもしれない。そういえば地歴部の先生は再開発の研究に熱心で、旅行先の都市でも近年の開発状況について語っていたような気がする。東京というと、浅草のような下町でもなく、池袋や渋谷のような繁華街でもなく、新宿や丸の内のようなオフィス街でもなく、港区の武家屋敷跡地に立ち並ぶ大使館、麻布十番商店街と善福寺のような古い寺、森ビルによって再開発されたビルやマンションが一番に想起される。

最後に地理の話に振り返ると、大学の卒業論文は地熱発電開発における地域の合意形成というテーマであった。当初はサイクルシェアリングによって都市の交通がどのように変化するのか考察してみようと考えていたが、就職先に合わせてテーマを変更したものであった。立地自治体の規模によって自治体の姿勢が変わり、それに応じて温泉事業者を含めた地域の利害関係者の姿勢も変わってくる。つまり有名な温泉地が必ずしも地熱発電に反対するわけではないという結論に至ったが、突き詰めるとミクロな地域政治の話で地理の分野からはやや逸れていたような気もする。もう少し違う研究ができれば良かった。

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