2015年10月19日月曜日

安全保障関連法で一人負けする日本

第二次世界大戦後、日本とドイツは敗戦国であるにも関わらず急速な経済発展を遂げた。フランスの人口学者 エマニュエル・トッドについてで述べたように、日本とドイツの経済的成功は民族的な側面が強い。教育熱心で組織力が強い直系家族の特徴が日本とドイツを先進国でもトップレベルの工業国に押し上げた。しかし、日本とドイツは敗戦国であったが故に経済発展に成功したという側面もある。アメリカ合衆国やソビエト連邦といった戦勝国は第二次世界大戦後も多額の予算を軍事費に当てた。冷戦の主役ではなかったイギリスやフランスも同様である。敗戦国である日本とドイツは軍備の増強が認められず、僅かに自衛のための戦力を保持することしかできなかったが、自国の安全保障に要する費用をほとんどアメリカ合衆国に押し付けて、余った予算を道路や港湾といったインフラ整備などに注ぎ込んで経済発展に専念することができた。現在でもGDPに占める軍事費は日本とドイツでは1%程度なのに対して、イギリスとフランスは2%、アメリカ合衆国は3%を超えている。

安全保障関連法は上記のような日本に有利な構図を崩しかねないものである。集団的自衛権を行使して、アメリカ合衆国と共に戦うということは、これまで押し付けていた軍事費を今後は日本が負担していくということである。シェール革命以降、アメリカ合衆国にとって中東の重要性は低下しているため、ホルムズ海峡などのシーレーン防衛は今後日本に押し付けられる可能性もある。今後の日本は人口減少による経済力の低下と高齢化による社会保障費の増加によって、財政面でダブルパンチを食らう。軍事費などは真っ先に削減したい項目であるにも関わらず、軍事費を増やす方向に進んでいるのは問題である。

軍事費の増加以上に問題なのが日本のイメージ悪化である。表向きは軍事力を持たず、第二次世界大戦後は一切戦争に参加していない日本の姿勢というのは、一般的に海外では好意的に評価されている。アメリカ合衆国がイラク戦争によって国際的な評価を大いに下げたのとは大違いであり、憲法9条をノーベル平和賞に推薦する動きまである。安全保障関連法は戦後日本のこれまでの経歴に傷を付けるものであり、国際的な評価を下げるだけではなく、テロの標的になる可能性まで高めてしまう。中国や韓国は安全保障関連法を軍国主義日本の復活と宣伝して、反日攻勢を強めており、まさに敵に塩を送る形にもなってしまった。

これまで日本は自国の安全保障にアメリカ合衆国の金を使った上、戦争をしない国ということで国際的にも良い顔をすることができた。金を使わされた上に世界中で嫌われるアメリカ合衆国にとっては本当に災難なことだが、歴史的な経緯もあって日本は恵まれた環境に甘え続けてきた。これほど恵まれた環境を自ら捨てる必要はないように思う。もっとズル賢くアメリカ合衆国を利用し続ける道はなかったのか。安全保障関連法の成立をアメリカ合衆国は大いに喜んでいるだろう。

安全保障関連法の背景には中国脅威論がある。中国は海軍力を強化しており、尖閣諸島、台湾、南シナ海といった領有権問題を抱える地域では、近い将来に紛争が発生することが危惧されている。また、マラッカ海峡、ホルムズ海峡を経由してペルシャ湾に至る日本のシーレーンを中国に遮断されてしまうことも恐れられている。中国は既にアジアの海を支配しつつあり、これは真珠の首飾り戦略として知られる。カンボジア、ミャンマー、バングラデシュ、スリランカ、モルディブ、パキスタン、スーダン、これらは中国の海軍基地が立地する国々であり、経済的支援と引き換えに実質的な中国の勢力圏となっている。シーレーンを遮断されると、食糧やエネルギーといった資源を海外に依存する日本の状況はかなり厳しいものとなる。

しかし、中国が直接的な武力行使に出ることは考えにくい。アメリカ合衆国はもちろん、近年中国に融和的な姿勢を示しているイギリスやドイツなどの先進国も、中国の武力行使は決して認めないだろう。国際社会で孤立したナチスドイツの二の舞は中国としても避けたいはずである。恐らく日本は中国の軍事力ではなく、経済力と外交手腕によって苦しめられることになる。中国はインフラ投資や金融支援を通じて、発展途上国に多大な影響力を及ぼすようになっている。日本企業の海外での経済活動を邪魔することなど造作もないだろう。中国の息のかかった現地の政治家によって、日本企業のガス田開発が突然凍結されるといった事態は大いに考えられることである。また、真珠の首飾り戦略において中国の勢力圏となっている国々は将来的に日本の商船の停泊を認めなくなるかもしれない。軍事力はあくまでもアメリカ合衆国や日本に文句を言わせないようにするための脅しにすぎない。

つまり中国の脅威は軍事的なものではなく、外交的なものであり、経済的なものである。日本は集団的自衛権を議論するよりも、中国以上にアジアの国々に対する影響力を強めていくことを考えた方が良い。南シナ海問題で中国と対立するベトナムとフィリピン、真珠の首飾りに包囲される形となったインド、まずはこれらの国々との関係を深化させていくべきだろう。そして何よりも強い経済が日本の最大の武器となる。ドイツはその経済力によって実質的にヨーロッパを支配している。経済力が軍事力を打ち負かすことは冷戦の結末からも明らかであり、外交や経済よりも軍事を優先した安全保障関連法は日本の国益にはならない。それどころか、アメリカ合衆国と中国という二つの超大国を利するだけで終わってしまうだろう。安全保障関連法は日本が一人負けする未来しか見えない。

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