2015年8月15日土曜日

日英同盟と南進論の可能性

二度の世界大戦で大英帝国はアメリカ合衆国と手を組んで戦ったが、本来であれば大英帝国とアメリカ合衆国は世界経済の覇権をめぐって宿命的な対立に陥るはずであった。広大な植民地を抱えて市場を独占する大英帝国と、市場の開放を求める新興勢力のアメリカ合衆国は利害関係が真っ向から対立しており、シーパワーの両国がともに覇権国家として共存することは難しい。ファシズムと共産主義の脅威がなければ、米英関係こそ世界大戦の火種となり、第二次米英戦争の勃発は避けられなかっただろう。

アメリカ合衆国は20世紀初頭に主要国との戦争計画を立てていたが、大英帝国との戦争に備えたレッド計画こそが本命であると言われていた。アメリカ合衆国は日英同盟によって大西洋と太平洋から挟撃される形にあり、大英帝国の植民地であるカナダとは長大な国境線を有している。さらに過去の戦争でテキサスやカリフォルニアなどの領土を奪ったメキシコ合衆国は潜在的な敵国である。大英帝国、大日本帝国、メキシコ合衆国が同盟を結んで、アメリカ合衆国に東西南北から侵攻するという可能性もありえなくはなかった。

大英帝国の陸軍はカナダから北米大陸に上陸し、五大湖南岸の工業地帯とBoston-Washingtonのメガロポリスに侵攻。大日本帝国は真珠湾奇襲に続いて、メキシコ合衆国を経由して北米大陸への大規模な上陸作戦を仕掛ける。大日本帝国の陸軍はカリフォルニアとオレゴンを制圧し、メキシコ合衆国の陸軍はテキサスで戦闘を繰り広げる。第二次世界大戦は史実とは全く異なる展開を見せていた可能性がある。

また、そもそも日本はアメリカ合衆国との戦争を回避することもできた。明治維新後の対外論には主に北進論と南進論の二つがあった。北進論は朝鮮半島、満州など大陸への進出を目指すもので、日本に最も近い列強の国であるロシア帝国の脅威から自国を防衛するという意味も持っていた。北進論は日露戦争までの日本にとっては有益なものであった。当時の覇権国家である大英帝国と日英同盟を結ぶことができたのは、ロシア帝国という共通の敵がいて、日本の大陸進出がロシア帝国の極東支配に対する防波堤となっていたためである。日露戦争での勝利と大英帝国との同盟によって、日本は列強の仲間入りを果たすことができた。

しかし、日露戦争後は北進論を捨てるべきであった。具体的には南満州鉄道をアメリカ合衆国と共同で経営することで、中国における利害関係をアメリカ合衆国と一致させる必要があった。20世紀初頭の米西戦争以降、アメリカ合衆国は中国市場の獲得を対外政策における最大の目標としていた。日本が中国大陸を独占的に支配しようとさえしなければ、アメリカ合衆国に日本と戦争をしようとする動機は生まれない。アメリカ合衆国は市場の獲得を対外政策の目標としていたが、当時の日本は資源の獲得が優先事項であり、両国の間で利害を調整することは十分に可能であった。

アメリカ合衆国との戦争さえ回避できれば、日本は既に敵なしであった。第二次世界大戦ではマレー沖海戦で最強の海軍国家である大英帝国の海軍を破り、シンガポールをあっけなく陥落させている。海軍の実力は既に大英帝国と並ぶか超えるレベルに達しており、アメリカ合衆国以外に日本の海軍を破れる国は存在しなかった。ソビエト連邦の陸軍は確かに脅威だが、満州を攻められた場合はアメリカ合衆国と共同で迎え撃つことができる。世界第2位の海軍力を有する日本にとってロシアの脅威は以前と比べて小さなものとなっており、アメリカ合衆国のみが日本の脅威であった。

アメリカ合衆国との対立を回避するために、日本は満州獲得の時点で北進論を捨てて、南進論に移行すべきであった。そもそも典型的なシーパワーである日本が中国大陸を支配することは無理な話で、攻め込めば攻め込む程に本国との補給線が細くなり、内陸で孤立した陸軍は敵国の真ん中で殲滅されてしまう。一方の南進論は東南アジアへの進出を試みるものである。中国に比べれば市場規模は小さなものだが、日本が求める資源は豊富であった。特にオランダ領インドネシアは原油や石炭といった化石燃料の宝庫である。大英帝国、フランス、オランダといった落ち目の列強を相手に、植民地解放を掲げて戦争を挑み、東南アジアの経済利権を獲得することは造作もないことである。アメリカ合衆国との関係にさえ気を遣えば、東南アジアを日本の勢力圏にすることは難しいことではなく、太平洋戦争によって破滅する必要もなかった。

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