2015年3月8日日曜日

もしグスタフ2世アドルフが戦死しなければ

三十年戦争で活躍したスウェーデン王グスタフ2世アドルフはプロテスタント陣営の勝利を目前に戦死してしまう。スウェーデン軍はグスタフ2世アドルフの死後も連戦連勝を続けたが、グスタフ2世アドルフの跡を継いだクリスティーナ女王は領土への執着心が薄かったと言われており、スウェーデン王国の貢献に対して戦後に獲得した領土は僅かに西ポンメルンとブレーメンのみであった。クリスティーナ女王は若い女性の君主であり、ポーランド共和国やデンマーク王国といった宿敵から狙われることを恐れて、あえて譲歩することで三十年戦争を平和裏に終結させようとしたのかもしれない。

もしグスタフ2世アドルフが生きていれば、スウェーデン王国はプロテスタント陣営の盟主として北ドイツに広大な領土を獲得したのではないかと思われる。グスタフ2世アドルフは後のプロイセン王国につながるブランデンブルク辺境伯のホーエンツォレルン家から妻を迎えていた。ブランデンブルク辺境伯領は三十年戦争で最も荒廃した地域の一つであり、君主がプロテスタントとカトリックの間を二転三転したために両陣営から領地を荒らされることになったと言われている。グスタフ2世アドルフが存命であれば、婚姻関係を利用してブランデンブルク辺境伯領をスウェーデン王国の領土とすることができただろう。

北ドイツに領土を獲得したスウェーデン王国が次に狙うのは宿敵デンマーク王国である。スウェーデン王国はデンマーク王国によってドイツと分断される形になっており、ドイツ進出を本格化するためにもデンマーク王国の併合が必要である。軍事力で勝るスウェーデン王国は度重なる戦争によってスコーネ、ノルウェーと少しずつデンマーク王国の領土を獲得していくだろう。スウェーデン王国の強大化を恐れるポーランド共和国とロシア・ツァーリ国の介入が考えられるが、ポーランド共和国は衰退期に入っており、ロシア・ツァーリ国もバルト海東岸を割譲することで講和に持ち込むことができるだろう。フランス帝国のナポレオン、ナチスドイツのヒトラーを考えれば、広大な領土と膨大な人口を抱えるロシアとは多少の譲歩をしてでも仲良くすることが吉である。

17世紀末にはスカンディナビア統一を果たし、スウェーデン王国はドイツにおける勢力拡大を狙うようになる。スウェーデン王国が最初に狙うのはザクセン選帝侯である。ポーランド共和国の国王選挙に出馬するためにカトリックに改宗したザクセン選帝侯はドイツでの支持を失い、スウェーデン王国はザクセン選帝侯をドイツから追放して領土を獲得する。18世紀前半はスペイン継承戦争とオーストリア継承戦争という二つの大きな戦争が勃発し、スウェーデン王国がドイツ進出を図るには絶好の機会であった。ブルボン家、ハプスブルク家というヨーロッパの二大勢力の対立を利用して、スウェーデン王国はライン川流域からエルベ川流域まで北ドイツに勢力を拡大する。さらにポーランド分割によって東方へと領土を拡大する。

19世紀初頭からナポレオン戦争が始まると、ヨーロッパ大陸はフランス軍に席巻されてスウェーデン王国も劣勢に立たされる。フランス帝国の支配下においてドイツでもナショナリズムが勃興し、戦後はドイツ統一の機運を利用してスウェーデン王国が南ドイツを併合する。プロイセン王国とスウェーデン王国は小国でありながら軍備増強に力を入れて列強と渡り合ったという共通点を有しており、スウェーデン王国はプロイセン王国の先駆けと言える存在である。もしグスタフ2世アドルフが戦死しなければ、ドイツ統一はスウェーデン王国によって成し遂げられていたと思われる。

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